
「叱らない育児」って、本当にいいの?
2026-07-21
はじめに
「叱らない育児がいいらしい」
SNSでも、育児書でも、よく見かける言葉です。
でも、その隣ではこんな声も聞こえてきます。
「叱らないなんて、わがままな子になるだけでしょ」「公共の場で野放しの子、あれが叱らない育児の結果?」
叱ったら自己肯定感が下がると言われ、叱らなければしつけがなってないと言われ。
……いったい、どっちなんでしょう。
今日は、この「叱らない育児」の誤解を、保育士の視点からほどいていきたいと思います。
「叱らない」は「注意しない」ではない
まず、いちばん大きな誤解から。
本来の「叱らない育児」は、「何をしても注意しない育児」ではありません。
正しくは、「感情的に怒鳴る・罰する・脅すをやめて、伝わる方法で教えよう」という考え方です。
- 危ないことは、止める
- 人を傷つけたら、教える
- ルールは、ちゃんと示す
これは全部やるんです。やり方が「怒鳴る」ではないだけで。
つまり「叱らない育児」と「きちんとしつける」は、対立していません。誤解が広がって、「注意すらしない放任」が同じ名前で呼ばれてしまっているのが、ややこしさの正体です。
子どもに必要なのは「枠」と「安心」の両方
保育士として、いろいろなご家庭の子どもたちを見てきて思うのは、子どもが安定して育つには2つの柱が必要だということです。
1つは、枠。「ここまではいいよ、ここからはダメだよ」という境界線です。枠がないと、子どもはどこまで行っていいかわからず、かえって不安になります。試し行動が増えるのは、たいてい枠が見えないときです。
もう1つは、安心。「枠を越えて失敗しても、あなたのことは大好きだよ」という土台です。
怒鳴るしつけは、枠は伝わるけれど、安心が削れます。
注意しない放任は、安心はあるけれど、枠がありません。
「伝わる叱り方」というのは、要するに枠と安心を両方渡す方法のことなんです。
「枠」と「安心」を、ひとつの場面で渡すとしたら
言葉だけだと抽象的なので、具体的な場面でお見せします。
たとえば、おもちゃの取り合いで、上の子が下の子を叩いてしまったとき。
①まず、止める(枠)
「叩くのはダメ」——ここは短く、はっきり。声を荒げる必要はありませんが、曖昧にもしません。枠は、迷いなく示すから枠になります。
②気持ちを言葉にする(安心)
「取られて嫌だったんだね」。叩いた行動はダメでも、そこにあった気持ちは受け取ります。「行動はダメ、気持ちはわかるよ」——この2つは、ちゃんと両立します。
③どうすればよかったかを、一緒に考える(枠)
「次は『返して』って言おうね」。ダメと言われただけの子は、次にどうすればいいかを知りません。代わりの行動を渡すところまでが、枠の役目です。
④最後は、いつもどおりに戻る(安心)
注意したあと、引きずらない。少ししたら普通に話しかけて、いつもの空気に戻します。「怒られても、関係は変わらない」という経験が、安心の土台になります。
流れにすると4つですが、時間にすれば1分もかかりません。
そして、お気づきでしょうか。怒鳴る場面が、どこにもないんです。「叱らない育児」で本当にやることは、こういうことなんです。
もちろん、毎回こんなにきれいにはいきません。私も、①の時点で声が大きくなる日があります。でも、方向がわかっていれば、10回に1回できた日が、ちゃんと積み重なっていきます。
「叱らない育児」批判への、私なりの答え
最後に、冒頭で紹介した「叱らないなんて、わがままな子になるだけでしょ」という声にも、向き合っておきたいと思います。
この批判が生まれる背景には、「叱らない」を実践しようとして、本当に何も言わない・注意もしない状態になってしまっている家庭が一定数あるという現実があります。批判している方は、その状態を見て言っているんだと思います。
でも、それは「叱らない育児」の失敗例であって、本来の姿ではありません。危ないことは止める。人を傷つけたら教える。ルールは示す。これをやった上で、怒鳴らない・脅さない・罰しない、というだけです。
だから「叱らない育児か、しっかりしつけるか」の二択で悩む必要はありません。両方やるんです。ただ、感情に任せた怒鳴り声ではない方法で。
言葉にすると単純ですが、実践するのは本当に難しいです。だからこそ、具体的な場面ごとの「言い換え」を知っておくことが助けになります。怒りすぎてしまった夜のこと、脅さない言い換えなど、場面ごとの記事も書いています。
おわりに
しつけって、「今日言うことを聞かせること」だと思われがちです。
でも本当のゴールは、もっと先にあります。親がいない場所で、自分で考えて、自分にブレーキをかけられる人になること。
そのゴールから逆算すると、怒鳴って従わせた1回より、伝わらなくても穏やかに伝え続けた100回のほうが、確実に近道です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
今日も一日、子どもと向き合ったあなたへ。
本当に、おつかれさまでした。